某日、倅の咳がひどい。ここ数日、体調が悪そうだったが小学校に入学した環境の変化によるストレスだと思っていた。午前中、倅を小児科に連れていく。やはり呼吸器系にきているらしく吸入する。喘息の初期症状だそうだ。倅のためにアクエリアスやのど飴を買いに行く。薬局で座薬のボラギノールも買う。昨夜からいぼ痔が順調に肥大し、歩くのも難儀。帰って倅に肛門の写真を撮ってもらい、確認すると、いぼがカシューナッツ大になっていた。痛いはずだ。本日は痔の痛みで歩き念仏もできないので、ベッドで横になりながらセリフを呟く。明日の撮影は大丈夫だろうか? 午後、伸也に会いに実家に行き、『浪子回頭日記』の打ち合わせ。その後、祖父と伸也と三人で祖母が入院する介護施設に面会。コロナでなかなか会えないが、今日は本人も起きて意識があったようでよかった。自分もヨロヨロしてるのにかいがいしく世話を焼く祖父の姿が胸を打つ。中村無何有くんと電話。ごーいち(嶺豪一くん)の移籍の件。夜、親父から渡された井原忠政著『百人組頭仁義』を読み終わる。いぼ痔が痛い。明日、いぼの肥大が止まらずピンポン球大になっていたらどうしよう。いぼ痔の恐怖と、隣室から聞こえてくる倅の辛そうな咳が心配でなかなか眠れず。
某日、高杉考宏組『シガテラ』撮影。朝もまだ倅が咳込んでいる。昨日よりはましだがまだ辛そう。いぼ痔が痛い。座薬と塗り薬を投入。カフェ・ド・クリエでセリフをさらう。Aさんへ手紙を書く。昼、藤が丘へ移動。移動直前まで緑ヶ丘だと思い込んでいて、スケジュールを確認して気付く。あぶねえ! 藤が丘だった。慌てて出発したが、入り時間前に着く。よかったー。監督の高杉さんとは15年前の城定組『セイレーン』から一緒にやってきたし、メイクの秋田さんは荒木組『人数の町』、衣装の石原さんとは『ガチバン』でご一緒していた。『岬の兄妹』でお世話になった録音部の日高さんも一緒。制作がジャンゴだから映画の流れの人が多い座組で安心した。現場も高杉さんが野心的に考えてくれるので、テストをみて事前のカット割をひっくり返して一連ワンカットで撮ってくれたり、融通のきいた映画的現場進行。撮影の大内さんや照明の土居さんが、楽しんで応えてくれていた。高杉さんの演出は、誠実だが不器用で、だけど何故か言いたいことが理解できる。不思議だな。人柄だろうか。今回の胃ガン男の役は、昔原作の漫画を読んだ時も印象に残っていた。そのイメージを大切にしたかったのでカツラを用意していただいた。素晴らしいカツラで、マイクを付けに来た日高さんがアタシに気付かない出来だった。クルーの編成は少人数だが、皆が自由且つ自発的に動く独立グレン隊ですごくやりやすい。現場で「チーフ助監督もやる高杉さんのために」って気概を感じた。もちろんアタシも懸命にやる。俳優部が懸命にやるのなんて当たり前だな! オゴルナよ! ナイターシーンも順調に撮れて、ワンシーンすけべった。優秀! いい気分でうちに帰る。倅はまた熱が出て咳がひどい。インフルエンザかな?
某日、カミさんが午前中は出社なので、倅をかかりつけの小児科医ハチス先生に連れていく。ハチス先生はだいぶ高齢だが見立てがよく親切で、倅が赤ちゃんの頃から世話になっている。倅もハチス先生には慣れていて、今回も「注射するかしないか」で冗談を言い合っていた。昼過ぎ、高杉組『シガテラ』撮影で大森海岸へ。今日はアタシひとりだけのシーンをまとめて撮る。雑居ビルの一室が準備部屋で、どうやらお向かいの部屋にも別のドラマ撮影クルーが来ている。「やっぱりマツーラさんだ!」と声が聞こえ、『ガンニバル』の制作部だったクマちゃんがいた。こんなとこで偶然会うなんて珍しいや。やーやー話して近状を聞く。なんだか出世してるみたい。で、クマちゃんのクルーと高杉組と同じビルでの撮影で、時間帯もガッチンコして一悶着あったらしいが、日暮れと共に撮影開始。高杉さんは本日も冒険的カットを撮る。面白いなー。バタバタやって9時前には撮影終了。予定より早く終わるのが優秀だとは思わないが(時間も大切だがいかに豊かなカットを撮ったかが一番重要だ)、高杉組は時間も早く、冒険もしていた。15年前に現場で監督にひっぱたかれていた高杉さんが、コナイニも立派になりはって! 涙がチョチョ切れますわあ! 正直、ドラマを毛嫌いしていたがやっぱ監督とクルー次第なんだよな。高杉さん、ありがとうございましたー、楽しかったです。でも高杉さん、あと2、3テイク重ねたらもっと変な芝居が撮れたかも。次は時間を気にせず納得行くオッケーを聞きたいなあ。なんて、偉そうに言うもんじゃねえや。アタシみたいな日傭者は、言われたことを懸命にやりゃいいの! 失礼しました!
某日、内装仕事で工房。伊藤君と2人で箱根の什器製作。箱根の現場に人を取られてしまっていて、什器製作が追いつかない。伊藤君とジェイウェイブを聴きながら、黙々と作業する。昼はみよねえ特製サラダ。夕方までに大型の収納3箱を作った。仕事終わりで目黒シネマへ。ごーいち(嶺豪一くん)と待ち合わせて、沖田修一監督『おーい! どんちゃん』を観る。先日、沖田さんからもメールをいただいたがアタシもちゃんとチェックしていた。やー、素晴らしく幸せな映画だった。沖田さんって自主映画の頃から芯が変わらず、映画愛に溢れている。どんちゃんがはにかむ度に、私もスクリーンに微笑んでしまう。映画って凄い。どんちゃんが愛されて成長して行く姿に感動した。アタシも早く帰って倅と話したいと思った。主人公たちが俳優で劇中で何度か「売れたいなあ」と言うのだが、アタシは俳優として売れるより、こういう「豊かな映画」に呼ばれる俳優でありたいと思う。夜、某先輩から電話。しばらく話した後、「マツーラ、悪い評判を聞くぞ!」と言われてしまう。「こういう商売ですから、憎まれてナンボっすよー」と軽口を叩くが、刺さってしまった。自分が他人からどう思われようと知ったこっちゃないし、どうでもいい。正直、自分も散々僻んだりやっかんだりしてきた。だから仕方ねえ事だし、良い事ばっか言われるようになっちゃオシマイだとも思っている。しかし、尊敬している人からそんな事を言われたら、やっぱ凹むよなあ。よう! 文句があるならアタシ本人に直接言え! アタシャ、本人に文句言って散々余計な諍いを起こして来たぞ。
某日、朝、倅を小学校まで送る。道中、段々と不安になるのか憂鬱になるのか、無口になっていく倅を見ているとこちらも不安になる。実家の前でお袋が待っていて、倅を見送ってくれる。校門で「じゃ」と言って学校に入っていく倅は、小1にしてはでかいけど猫背でしょんぼりしていて、やっぱりピカピカの1年生なのだった。実家に寄ってジイちゃんと話す。渋谷の美学校試写室へ。夏目組『獣手』の初号試写。早めに着いたので、マネージャーの井上さんとごーいちの移籍の件を話す。井上さんから誕生日プレゼントで、ふじ屋の手ぬぐいをいただいた。ありがとうございます。和田光沙さんや福谷くん、夏目さんをはじめスタッフの面々、内藤正記さん、津野さん、渡辺謙作さんも見えていた。そして赤松利市さんも来られる。上映時間まで赤松さんと話す。試写は自分の反省しかない。今回は手元撮り(手に持った写真やケータイ画面の寄り)の時に、どうしてもモノを見せようという意識が働いて、芝居がお留守になってしまていた。これって難しいが、やっぱり意識の抜けたカットはわかってしまう。恥ずかしい。猛省。上映後に赤松さんを渋谷駅まで送る。足腰が悪いので杖をつきながら歩く赤松さんと四方山話。代々木公園での打ち上げに顔を出す。久しぶりにしじみちゃんと倅のちーちゃんと会う。ちーちゃんは井上さんに懐いていて、子供は優しい大人がわかるんだと感心した。2時半に帰って、倅に「マインクラフト」の説明を受ける。夜、日記の修正作業。
某日、内装仕事で工房へ。什器作り。正直、ここまで什器製作作業が続くと飽きてしまう。今日はひたすら引き出しを組み上げる。精密さを求められる作業で疲れた。工房ではラジオを流しているのだが、DJのくだらないお喋りに辟易して、今日からはNHKーFMでクラシック音楽や雅楽を流す。午後は野口五郎特集になってしまって驚いたが、精神衛生上こちらのほうがいい。6時過ぎまで作業して、新宿へ。ディスクユニオンシネマ館に寄ると、邦画の棚で「渋川清彦」の特集欄ができていた。嬉しくなってキー君にメールする。(「江口のりこ」さんの欄もあった)いやー、嬉しい。アタシもいつかDVDコーナーに自分の欄が欲しい! 勢いで黒沢清監督『LOFT』のDVDを購入。橋野順平君と待ち合わせて、炉端焼き屋へ。監督の加藤拓人君、加藤くんの下で演出部をやっている松波さん、ケイティも合流して皆で飲む。「アカデミー賞にノミネートされたらどうするか」って話になった。引き合いに出してしまい申し訳ないが、宇野祥平さんが助演で受賞されたのは本当に嬉しかった。自主映画からやってきた姿を見ていたので、我等野良犬の代表として受けてくれたんだと思う。宇野さんは誰よりも本質的にパンクな人だし、ホントは賞なんか欲しくないんじゃないかな。「マツーラさんどうするんですか?」とケイティに聞かれ、「俺は断るよ。権威主義の最たるモンじゃん」と答える。アタシらのような俳優は権力に擦り寄っちゃいけないし、権威になってもいけない。アタシも常にそれには気をつけてきた。だって映画を必要としてるお客さんって、どんなヒトか想像したら明白だよ。それに某監督の政権や体制へのヨイショをみているとほんとキツイ。なんかしらの賞なんか受けて、エライ俳優あつかいされたらたまらんよ。アタシの評価は銭を払って映画を観てくれたお客さんが勝手にすりゃ良くて、わざわざハクを付ける必要はない。そしたら加藤くんが「賞を受けないのは面白くない。マツーラさんが授賞式に出て、なんかしでかして放送にカットされたら笑うけど」と言う。橋野くんが「チンポ出しちゃえばいいじゃないすか」と。その考えはなかったなあ。確かに面白いけど、アレを目標にやってるヒトもいるだろうし、渥美さんや役所さんなんかも貰ってるしなー。と真剣に悩んだが、ノミネートもされてないのに何を悩む必要があるんだ! と我にかえってトホホとなる。
某日、アタシのお誕生日。お袋、産んでくれてありがとう。親父、発射してくれてありがとう。カミさんも数々の試練に耐えながら、一緒に暮らしてくれてありがとう。恥ずかしながら42ちゃいになりました。ありがとう。今年の目標は「日々を穏やかに過ごすこと」にします。で、午前中からブルーレイでポール・トーマス・アンダーソン監督『ザ・マスター』観る。ソファーの寝そべって、ホアキンとホフマンの芝居を堪能していると、カミさんから「働きもしねえで何してんだ!」と本気で引っ叩かれる。お誕生日なのに。午後、DVDで黒沢清監督『LOFT』をソファーに寝そべりながら観る。怖いので部屋の電気を全灯していると、カミさんが来て「無駄な電気つけるな! 甲斐性なし!」と再び本気で引っ叩かれる。お誕生日なのに。夕方、六本木へ。荒木組新作映画の衣装合わせ。撮影の渡辺樹岳さんや持ち道具の天ちゃんと一緒。一度やった監督に再び呼んでもらえるのはうれしいが、初めての演出部に、悪気はないだろうけど「劇団マツーラでお願いします」とか言われたら、バカにされてるみたいに感じるよな。エキストラリーダーじゃねえっつーの! アタシはそーゆーのが一番向いてねえの! と、今年の目標をいきなり破ってるじゃねえか。耐え難きを耐えだな。
某日、内装仕事で工房。ここ数日、通勤読書で小林信彦著『おかしな男 渥美清』を再読している。若い頃の渥美さんの抱えていた、剥きだしな欲みたいなモノが好き。森繁久弥さんが渥美さんに送ったコメントの「一切くだらぬ骨折り損はよせ。ウエンな道には自由がない。良い声も悪い声も共に聞くな。己を大事にして、アッと言う間に過ぎる、お前さんの時を充分に満喫してくれ。」という言葉に胸を打たれる。ヒトサマがどう思おうと、テメエのやりたいようにやらせていただきます! なーんて日雇いフゼイがパクパクしてら。本日も洗面台の什器組み上げ。伊藤くんと2人で作業。昼飯は抜いて、工房にあった梱包材(プチプチシート)にくるまって昼寝。夕方まで作業して阿佐ヶ谷へ。監督の片山慎三さん、片山組演出部チーフのバーサーカー山口くん、セカンドのケイティと落ち合って、慰労会。「大人寿司」で美味い寿司を食いまくる。全て巨匠のおごり。壮絶な現場を取り仕切ってくれた優秀な演出部に対する巨匠の労いだが、なぜアタシがいるのだろうか? ぎっくり腰になりかけてゴリラ歩きの巨匠をバカにしつつ、美味い寿司をバクバク食う。2軒目はシガーバーで、結構真剣に日本映画界のこれからの展望を討論。山口くんが「しばらく片山組につく」と言うので、(片山組に山口くんがいてくれたら本当に助かるが)自作の監督をするべきだし、期限を決めてやったほうがいいと余計なお世話な事を言ってしまう。ケイティもそう。やはり演出部は大変な仕事だし、今後も長ものが多い片山組ではあっという間に1、2年経ってしまう。そういう心意気は本当に嬉しいが、やっぱ自分の映画を撮るべきだ。片山さんもそれには同意していた。片山さんはこういう気遣いも含め、いい監督だと思う。自分だけのことを考える人だったらここまで他人はついて来ねえやな。いい気分で帰っていると、西国分寺で人身事故。電車が動かなくなる。仕方ないので国分寺から歩いて帰る。2時間ちょっと。疲れた。