某日、本日は映画鑑賞日。カミさんの「アンタは、映画観て遊んでんのが仕事っていうけど、アタシは命をかけて絶対にそれを認めない」「映画観てアンタの芝居が上手くなっているなら証拠を見せろ、全然収入が上がってないし、むしろ下がってるのはなんでなの?」という意見をいただくも、倅に仲裁に入ってもらってなんとかうちを出る。渋谷のヒューマントラストシネマへ向かい、1本目に瀬田なつき監督『違国日記』を観る。朝イチからいい映画を観てしまう。アタシはクソ野郎だが、瀬田さんの映画のファンだ。主演の新垣結衣さんや新人の早瀬憩さんが良かった。高校生パートの若い俳優部が弾けるような芝居をしていて、瀬田さんがどんな演出をしたのか不思議だった。いい映画だなあ。『違国日記』はテアトル制作で、やっぱり西ケ谷さんや西宮さんのプロデュースする監督っていいよなあと再確認した。だって、沖田さんも、冨永さんも、真利子てっちゃん、熊切さん、岨手さん、瀬田さん。みんなアタシが好きな監督だもんな。西ケ谷さんって、自主映画から監督を見出して、それぞれ作家性を持った監督に育てているすごいプロデューサーだと思う。2本目はジョナサン・グレイザー監督『関心領域』前評判がいいのを聞いていたが、アタシはそこまで感心しなかった。企画意図は面白いと思うが、終盤に収容所の実際の映像を入れるところなんか、監督の言い訳にしか思えなかった。いくら評判が良くても自分と合わない映画は合わない。3本目は黒沢清監督『蛇の道(フランス版)』セルフリメイクの『蛇の道』だったが、やはり傑作のオリジナルの方が好き。ただ、黒沢清監督はどこで映画を撮っても黒沢清なのだ。柴咲コウさんのフランス語に驚いた。3本観て渋谷を後にして、駒場東大前へ。水澤紳吾さんと待ち合わせて、「福島屋」へ。荒川良々さん、赤堀雅秋さん、本多力さんと飲む。赤堀さんと都知事選挙の話になり、良々さんとアタシが同じ考えで嬉しくなる。良々さんってやっぱりすげえ勉強しているんだ。偶然、毎熊克哉くんも来店しヤーヤーした。11時まで飲んで帰る。
某日、朝、倅を学校に送って、所沢までセリフを歩き念仏。ドトールで足立正生組『逃走貫徹!』(公開タイトル『逃走』)のシナリオを読む。古舘寛治さんに電話して、感想をおしゃべり。東所沢まで再び歩いてセリフ。午後、倅が年上の友達を二人呼んでスイッチで遊んでいたので、アタシは昼寝。夕方、春日太一著『鬼の筆』を読み始める。夜、ここ数日の日記を書こうとしたが、寝てしまう。
某日、午前中、東映大泉で白石和彌組『十一人の賊軍』初号試写。昨年、気合いを入れて挑んだ作品だったので楽しみにしていた。正直な話、初号を観て、自分の芝居の反省点は多々あれど、作品自体を楽しめることって少ない。ただ、この賊軍は、面白かった! 大作映画なのに、素直に楽しめたのだ。自分自身もあまりない体験。多くのスタッフさんの努力の結果だと思う。山田孝之くんも仲野太賀くんも素晴らしかった。本を読んだ印象よりも役が豊かになっていたのは尾上右近くん。そして佐藤五郎さんの1カットで印象付けた泣き芝居が素晴らしかった。本山さんの殺陣も鳥肌がたった。うん! 胸を張って観ていただける映画だと思う。多くの観客に届いて欲しい。上映後、鞘師さんや白石さん、松角さん、池田さん、紀伊さん、高橋くんと軽く挨拶して出る。井上さんと喫茶店で感想を話し合う。そのまま渋谷へ出て、F組『某』の前乗りで、木更津へ。夜、珍しく寝付けず。
某日、F組『某』撮影で5時出発。君津の原野に建てられたオープンセット。まずこれに驚いた。このシーンだけのためにこのセットを組んだのか! すげえな! 金のかけかたが違う。午前中はアタシがワイワイやるシーンの撮影。アタシ向けの方向をやる。Fさんは、芝居の頭からケツまで、通して何度も芝居をさせてくれる。カットのたびにベースから小走りで来てくれて、的確に演出をつけてくれた。この感覚、片山組と似ている。「エモーショナルに」って演出が印象的だった。Fさんは演出の意図を話してくれているので、こちらも理解がしやすい。パターンを変えたり、強弱を変えたり色々試しながら何度も通す。楽しいな。ずっと全力でワーワーやっていたので、午前中で声が飛びかけた。アタシは喉が弱いのですぐに声が飛ぶ。アタシ向けのカットが撮り終わったのでホッとした。昼休憩を挟み、午後は主演のOさんと藤崎ゆみあさん向けの撮影。Oさんは午前中から全てのカットで真摯に芝居をしてくれて嬉しかった。休憩時、Oさんが「撮影、疲れたでしょ?」と言ったので「疲れてないっすよー」って言ったら笑いながら「これを毎日やってるんです」って言ってた。やっぱ主演はすげえなあ。午後、声が出なくなって来たので録音の根本くんに「声量抑えさせて」と断って、声を抑えてやっていたら、すぐにFさんがやって来て「マツーラさん、午前中の方がよかったです」と見抜かれてしまった! うわー! やっちまった! 「声が出なくて」なんて言い訳にならない言い訳をしてしまう。ダセー俳優部だな! でも、そっから声が飛んでもいいから全力でやった。自分向けの芝居だけ全力でやって、相手に向いたら手を抜くなんて一番ダセーよ。夕方には声が切れたが仕方ない。いやー、スリリングな撮影だった。撮影後、ホテルでFさんから飯に誘われる。Fさん、藤崎ゆみあさん、与座重理さんと焼肉屋で飯。10時で藤崎さんをホテルへ送って、Fさん、与座さんと3人で2軒目へ。Fさんが「マツーラさんは何をやるか分からないので、前日に色々シミュレーションしたんですよー。でも今日は王道でしたね」と言われてしまう。今後の話をしていて、Fさんは目的がはっきりしていて目的と手段をきちんと分けて考えている。金銭のことや後進の事を本当に考えていて驚いた。考え方がクレバーで合理的な一面を持ちながら、撮影の今村くん、録音の根本くんなどと一緒に大作に挑み続ける姿勢もいいなあと思う。「ショーランナー」というプロデューサーと監督を掛け合わせたような職業があるらしく、Fさんからそのショーランナーの話を聞いた。今後のビジョンを聞いて驚く。そこまで計画してるんだなあ。結局1時半まで飲んだ。いい時間だった。
某日、F組『某』撮影で木更津。本日は雨のために撮影中止。朝起きて、ホテルの朝食バイキングを食って、日記作業。パソコンを持って来ておいて良かった。昼、佐藤五郎さんと電話。先日の『十一人の賊軍』で五郎さんがやっていた芝居で本当に凄いカットがあったのでその話をする。五郎さんとは次の足立組でも一緒だと聞いて嬉しくなる。日記も書き終わったので、映画でも観に行くべえかと近くの劇場を調べたが、歩いて1時間。外は暴風雨で諦める。ホテルの近くには何も目星いところがなく、結局ツタヤでフラフラしてジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』の上下巻を買って帰る。飯もコンビニでカップ麺。さもしいなあ。昨日のアクションで体が筋肉痛。ホテルの部屋でおとなしくする。声が全く出ないので、倅に電話をしてアタシが何を話しているか伝わるかどうか実験する。「(かすれ声で)メダカにエサあげた?」と聞いたら、しばらく考えて「今日はプールで泳いで来たよ」と言っていた。アタシの声は全く聞き取れないようだ。部屋のテレビでマイケル・サルノスキ監督『ピッグ』を観る。公開時、気になっていたが見逃したニコラス・ケイジ主演の映画。なかなか面白かった。『マンディ』のようなバイオレンス映画だと思っていたが、違った。静かな芝居でよかった。春日太一著『鬼の筆』を読み、夜、ネットフリックスでダニエル・エスピノーサ監督『デンジャラス・ラン』を観る。
某日、F組『某』撮影で木更津。朝4時50分頃、メールの着信で起きる。バイブレーションモードにしていたし、普段なら気付かないはずだが、パッと起きる。親父からのメールで「4時半に祖父が亡くなった」とのこと。以外にも冷静に受け止められて、すぐに返信する。今後の予定はまだ決まっていないが、連絡するとのこと。自分でも不思議だったが、心乱す事もなかった。近々じいちゃんが死ぬことは想像がついていたし、ちゃんと受け入れる時間があったからだろうな。6時にホテルを出発し、支度。昨日で芝居場の撮影が終わっていたので、あとは死体で現場にいるだけだ。ちょっと気が楽になっていた。朝からOさんの芝居からアクションに入るまでをやる。ここはアタシは死んじゃったので、薄目でOさんの芝居を見ながら寝転んでいた。昼休憩前に急に演出部のトマちゃんから「孝右衛門の芝居の寄りに行きます!」と声をかけられ「ええ!」泡を食った。「アタシの芝居でまだ撮るのあったっけ?」「監督が死ぬ前の芝居を一連で撮りたいとのことで」そうか、昨日の撮影は引き画で撮影していた。わざわざ寄ってくれるのか。なんだかFさんの愛情を感じた。現場ではアタシより衣装部さんとメイク部さんが慌てていた。バタバタと汚しを入れて本番。ちょっとタップリやってしまったが、集中できたと思う。昼休憩時に照明部の若手の子に「芝居、よかったす」って声をかけてもらって嬉しかった。午後は今度こそ死んだ後で、Oさんの立ち回りをめちゃ近距離で見る。アタシは出来ないけど、凄い動きだった。日没までやって本日は終了。夜、ホテルに戻ってじいちゃんの葬儀の話を聞く。井上さんにも今後のスケジュール含め相談する。井上さんから今作の制作会社の方から謝りの連絡があった事を聞く。「マツーラさんに何度も芝居させて、声出なくなってしまって、さらに首も怪我させてしまって」と言われたらしい。違うんだよ、声が枯れたのはアタシの喉が弱いせいだし、芝居を何度もやるのは当たり前だ。それがアタシの仕事なんだから。頭からケツまでやったのだって、Fさんが芝居のやり易さを考えてくれてのこと。首の怪我だって、首からぶら下げた木札を取る芝居を、アタシが勝手に紐ごと引きちぎったからで、現場のせいじゃない。お気遣いいただいて申し訳ない思いがした。
某日、F組『某』撮影で木更津。6時ホテル出発。本日も引き続き死体での出演。支度が終わると、レジェンド衣装部の千代田圭介さんとおしゃべり。千代田さんは黒澤明組や今村昌平組・鈴木清順組を経験されている、トンデモナイ先輩で生きる邦画史なのだ。凄い人なのに1ミリも威厳を感じさせず、気さくにバカ話をしてくれる。千代田さんから邦画の豊かだった時代の話を聞くことが、アタシは大好きなのだ。朝から地面に転がるが、前日の雨で濡れていてすぐに衣装に染み込む。でも死体だから気にしないのだ。天気に追われての撮影でアクションシーンをバタバタやる。ファントムという高性能ハイスピードカメラを使っての撮影。1秒で2000コマの撮影が出来るらしい。すげえなあ、そんなカメラ初めて見たわ。Bカメのヤマトくんから色々教えてもらう。昼に近づくにつれて、午後から雨予報で全体がワサワサし始める。昼休憩時は録音技師の根本くんとおしゃべり。根本くんは多摩美出身で、アタシのことを先輩扱いしてくれるのだ。アタシャ、除籍だから先輩じゃねえのになあ。根本くんが技師デビューしたガッツ石松組の話を聞いて大笑いした。あるシーンで母親を亡くした子役が泣くシーンがあったらしい。子役の子が泣けずにいたので、ガッツさんが「自分のお母さんが死んだと思えば自然に涙がでるよ!」と、本気で伝えたらしい。その甲斐もあって、子役が見事に泣いた。次のカットは切り返してガッツさんが泣く芝居。根本くんがどんな芝居をするか楽しみにしていたら、ガッツさんが大声で「メイクさん! 目薬ください!」と叫んだそうだ。別のシーンで、ガッツさんが新聞受けから新聞を取り出し、ため息をつくシーンを撮影していた。朝靄の感じを出すために、現場ではスモークマシーンをたいていた。本番時、ガッツさんのため息とスモークマシーンの「シュッシュ」という残り煙を吹いた音が被ってしまった。根本くんがガッツさんに「すみません、スモークの『シュッシュ』って音が被ってしまったのでもう一度お願いします」と言ったらガッツさんが真剣に「根本くん、画面の見えてない所で、忍者が『シュッシュッ』って手裏剣を投げたと思えばいいじゃないか!」と言ったそうだ。21歳の根本くんはそれ以上何も言えなかったとのこと。面白いなあ。落語みたいだなあ。アタシもガッツ石松組やってみたいわ。午後はとうとう小雨がぱらつき始める。バタバタ撮影して、撮りきった。本隊は次のシーンの撮影があるので、バタバタとアップコールを受けて、バタバタとFさんやスタッフの皆さんに挨拶し、バタバタと汚しを落として、バタバタとうちに帰った。『某』アタシの出番は終わったが、全体は残り半分。9月までの撮影だそう。みなさま、怪我なくご安全に!