春日太一著『鬼の筆』
某月某日、朝からカミさんのご機嫌がすこぶる悪い。本日は映画ファーストデーで映画が安いので、アタシはご機嫌で「映画観に行ってくるぞー」と伝えたら「はあ? バカ言ってんじゃないよ! なんであんたは働かないで遊んでばっかいるんだ!」と激ギレ。でも今日は本来、撮影予備日だったから内装仕事も入れていない。あまり言い訳したらもっと怒られるから、倅に「ほら、学校行こう」と急かして一緒にうちを出てしまう。倅を学校に送って、実家に顔を出す。じいちゃんの葬儀のことを親父と話す。カミさんから「あんた、本当に映画行くの? マジでサイコパスだな! 普通行かねえぞ穀潰し」とメールをいただいた。ここで返信しても無駄なのでそのまま池袋に出て、グランドシネマ・サンシャインでジョージ・ミラー監督『マッドマックス・フュリオサ』を観る。ずっと観たかったがタイミングが合わず見逃していた映画。荒川良々さんからも激賞されていたので楽しみにしていた。が、正直、前作は超えなかったなあ。いや、面白いんだけどさ、面白いんだけどやっぱもっと戦闘が観たかったなあ。本当はあと1、2本観たかったがカミさんのことがあるので我慢。うちに帰る。「アンタ、本当にどうしょもないな! 銀行口座の金全部戻せ! なんでアタシが倹約に倹約を重ねて我慢して生活してるのにアンタばっかバカみたいに映画行ったり舞台行ったりして無駄金使ってんだ!」と、バチバチに引っ叩かれる。カミさんはアタシを引っ叩き過ぎて手が痛くなったらしく「ドカタ! 体が固えんだよ!」と、理不尽にキレて、タオルでバシバシ叩く。心配して猫のむっちゃんとたっちゃんが止めに来てくれた。それでもカミさんは収まらない。運よく倅が学校から帰宅してくれたので、倅に助けを求める。倅が「かーか、叩いても無駄だからやめな!」と止めてくれて助かった。アタシだって相当映画を観るのを我慢している。なんでこんなに怒られちゃうのかなあ?
某日、朝、倅を学校に送って、実家に顔を出す。親父とお袋と葬儀のことやお墓のことを話す。今、マツーラ家のお墓は新潟にある。しかしまあ、アタシャ新潟に縁はないし、こっちに墓を移して欲しいと親父に伝える。この近所なら墓参りも行きやすいし、縁が遠くなることもない。午前中はカフェ・ド・クリエで足立正生組『逃走貫徹!』(公開タイトル『逃走!』)のシナリオを読む。製本台本が届き、これでセリフに手をつけられる。午後、倅の小学校の個人面談で担任の先生とお話し。倅の成長ぶりを聞いて驚く。午後、春日太一著『鬼の筆』を読んで、橋本忍脚本の『仇討』が観たくて調べるが、DVDが廃盤。しかしユーネクストにあったので、鑑賞する。傑作! これ、やりたい! すげえ面白い話だ。どうだろうか、リメイクでやらせてくれねえかな? 夜、新井浩文さんからリンゴジュースが一箱届く。ありがたい。新井さんに渡さねばならない立場なのに、逆だよなあ。
某日、午前中、N組『O』衣小合わせで渋谷。移動読書は黒川博行著『国境』。マネージャーの井上さんと待ち合わせ、事務所へ行く。N監督は初めましてだったのだが、とても気さくな方ではっきりと意見を言ってくれるのでアタシは好印象。髪やヒゲも剃って短くする予定だったが、みっともない長髪が良かったらしく、現状維持で撮影に挑むことになる。髪が切れなくて残念だが、まあ役の為なら仕方ねえ。井上さんと飯を食いながら橋本忍脚本の『仇討』のはなしをする。井上さんからは、歌舞伎の演目の『研ぎ辰討たれ』をオススメしてもらう。そして祖父の香典までいただいた。ありがたい。事務所からはお花を出していただいた。佐伯さん、ありがとうございます。ユーロスペースへ向かい、飯島将史監督『プロミスト・ランド』を観る。マタギが好きなアタシとしては、観ざるを得ねえ映画なり。小林薫の親分、渋川清彦さん(キーくん)、三浦誠己さんが出てくると画面がビッとする。キーくんにしろ三浦さんにしろ、歳を重ねてすごく説得力のある顔になっている。俳優としていい年の取り方をしてるんだろう。羨ましくなる。劇場のトイレで、偶然佐伯さんと会って、映画話。お花のお礼も言えた。2本目は渋谷の東宝でマイケル・サルノスキ監督『クワイエット・プレイス DAY 1』を観る。マイケル・サルノスキ監督は先日観た『ピッグ』の監督であり、それを知ってから気になっていたのだが、今作も大当たり。エンタメ作品の枠を悠々と飛び越えて、見事な映画になっていた。主演のルピタ・ニョンゴの設定も上手いし、俳優陣が「レス・イズ・モア」な芝居で、グッと締まっていた。いい映画を拝見しました。夕方、荒川良々さんに呼んでもらって「福島屋」へ。良々さん、赤堀雅秋さん、水澤紳吾さんの4人で飲む。6時から始まっていいペースでワイワイやり、9時頃お開きかと思いきや、良々さんが「うちで観せたいモノがあるから、うちで飲もう」と一同、良々さん宅へ。まず三池崇史監督『極道大恐怖劇場 牛頭』の冒頭30分を観ながら飲む。先日、イメフォでリバイバル上映していた『牛頭』が良々さんはお気に入りらしい。皆で笑って、「じゃあそろそろ」ってなったのに良々さんが「もう1本だけ観て!」と、「ザ・ノンフィクション」の『私のママが決めたこと~命と向き合った家族の記録~』を流し始める。再発を繰り返して全身に転移したがんの母親と、中学生と小学生の娘、父親の家族の物語。母親はスイスで安楽死を選択する。「なんでこんなの観なきゃならねえんだよ!」と赤堀さんは突っ込んでいたが、みんな物語が進むにつれて無口になり、安楽死にのぞむシーンでは、4人が4人とも大泣きしていた。汚いのやらコワモテやらのオッサン4人が、真剣に泣く異様な状態。なんでこれを良々さんは見せたかったのだろうか? 分からないけど、なんとなく分かる。帰りの電車でも、思い出して泣きそうになってしまった。
某日、朝、倅を学校に送って実家へ。葬儀の諸々の打ち合わせ。その後、歩きながらセリフ練習をするつもりだったが、あまりに暑すぎて断念。なんと本日、都内は36度。異様な熱波。まだ7月頭だぜ。カミさんが言うには「アタシらが子供の頃って、35度を越す日なんか数日だけだったし、7月でこんな暑くはならなかった」との事。確かにそうかもしれねえなあ。しかも今年は「暑さのため」って言う理由で、近くの市民プールは中止。暑いからプールに行くんじゃねえか! なんで中止なんだ! とカミさんは憤っていた。そりゃそうだ。じゃあ夏休みにガキはどこ行ったらいいんだろうな? 午後、倅が帰宅。近所の小学4年生が2人と、小学1年生が1人遊びに来た。みんなワイワイしていて、アタシも一緒にベーブレードで遊ぶ。ガキどもが「ねえ、オジサンはなんで働いてないの?」って痛い質問を純粋に投げかけてきてうろたえるが、言い訳にもならねえ事を言って誤魔化しながら、オジサンの威厳を必死に保つ。ガキの質問って忖度しねえから容赦ねぇや。ごーいち(嶺豪一くん)からお悔やみの電話をいただく。あいつはホントに義理堅い。夜、ネットフリックスでサム・メンデス監督『ジャーヘッド』を観る。
某日、朝、倅を学校に送って実家に顔を出す。本日も気温は36度だったが、今日は歩き念仏。足立組のセリフをブツブツ3時間歩く。途中で聖地霊園へ寄って墓参り。首筋が暑くてこれ以上歩いたらやばいと思う。そりゃあ、熱中症で年寄りは死んじゃうよ。うちに帰るとカミさんが「アンタ、3時間フラフラして終わりなの? 仕事せず休んでるんだからもっとやりな!」いや、これ以上歩いたら死んじゃいますがな。午後、メダカの水を換えて日記を書く。あまりの暑さに「夕飯は、冷や汁一択だ!」と、思いついてしまう。暑い最中にチャリンコでスーパーまで行き、アジの開きやミョウガ、大葉、木綿豆腐、白ごまなどを買いせっせと料理する。夕方、倅のダチが3人来てうちでワーワーしている。暇になるとアタシのとこに来て「ゴリって本名なんていうの?」「なに作ってんの?」「仕事なにしてんの?」とか色々聞かれるが、全ての返事は「おめーら冷汁食ってけ!」と答える。しかし、誰もアタシの作った冷汁を食いたいと言わない。なんてガキどもだ。多分、貧乏な家の子たちで、冷汁なんて豪勢なモン知らねえんだろうな。この辺は貧乏人しかいないから仕方ねえか。夜、ユーネクストで『仇討』をもう一度観る。
某日、気温36度。異常に暑い。7月上旬でこの暑さって珍しいのではないか? 都知事選、すごく気になるがこの暑さじゃ投票率も落ちるかもしれない。全てに「ムムム」って感じてしまう。午前中、倅とマイクラ。午後、本日はじいちゃんの通夜で、寝ずの番に抜擢された。なので昼寝。夕方から所沢の斎場で家族葬のお通夜。親戚一同集まる。事務所の佐伯さんからお花と井上さんから香典をいただく。アタシは長男ってことで、親父と一緒にキッチリと参列者に挨拶をするべきなんだが、相変わらず信用は薄く、親父が「ユーヤに香典を触らせるのは怖いから、伸也と哲也で受付しろ」と大きな声で言っていた。伸也が席を外したので、代わりに受付に入って香典を預かろうとしたら、哲也が「お兄ちゃんはイイから!」と遮ってしまう。どんだけ信用ねえんだよ。お通夜でお坊さんが読経をするのだが、独特の節回しで歌い上げるので笑ってしまう。隣に座っていた倅から「ゴリ、笑っちゃダメ」と腕をつねられた。でもよお、倅よ。アタシャ、笑っちゃいけないって思えば思うほど可笑しくなってしまうのよ。なんでだろうなあ。通夜振る舞いを食って、葬儀場の控え室で寝ずの番。布団や浴衣まで用意されていて、至れり尽くせりだった。結局、ユーヤだけじゃ心配だってんで、伸也と哲也もお泊まりする事になる。葬儀屋の三村さんに「寝ずの番の線香って絶やさないほうがいいんすか?」って聞いたら「気持ちだから、寝る前にお線香上げとけばいいと思うよ」と教えられる。寝ずの番って寝ちゃいけねえのかと思っていた。「今は寝ずの番ってやる人も少ないんだよ。そもそも2日に分けて通夜・葬式・告別式をやってる方なんか全体の1割だよ」と教えてもらう。三村さんは面白い方で、前職は西武鉄道のたたき上げで池袋の駅長さんまで務めたらしい。葬儀にまつわることなんか全く知らなかったので、色々教わった。お焼香も念じるのって1回でもいいらしい。合唱は指と指をずらして合わせるとか、知らんことばかりだった。本日はご遺体が全部で5体あるらしいが、泊まるのはアタシたちだけ。こりゃあ、心霊現象的なこともあるかもしれん! と期待して、夜中と明け方にじいちゃんの線香をあげがてら、斎場をうろついたが、結局なんもなかった。アタシの霊的感度が全くないから、気付かなかっただけかしら? 夜中にじいちゃんの棺を覗いたら、通夜の時より目が開いていたように感じたので、棺を叩いたが反応はなかった。これでもし、じいちゃんが生き返ったらどういう対応をするべきなんだろうか?
某日、朝、起きて伸也と哲也とダラダラお喋りをしていると、告別式のためにみんなが集まってくる。久しぶりに会う親戚も多いので、ヤーヤーして、子供達もはしゃぎまわっているしなかなかいい感じ。やっぱ、湿っぽくなるよりギャーギャーしてる方が、アタシは好きだ。告別式でお坊さんの読経があったが、昨日も経験している分、耐性が出来ていて笑いをこらえた。と、思ったのだが、隣に座る倅が「お焼香の仕草をして、最後に抹香を食っちゃう」ギャグをかましてきた。まさかの仕草で、アタシは油断していて笑ってしまう。アイツ、アタシを笑わせにきやがった。アタシもお返しに「お焼香の仕草で、抹香を目に入れる」ってギャグをして倅を笑わせる。二人でキャッキャしていたらカミさんに引っ叩かれた。じいちゃんを焼いている間に、みんなで飯を食う。骨になったじいちゃんは、もう骨でしかなくて「ま、こんなもんだよな」と思う。骨が骨壷に入りきらないので、係りのお兄さんが骨を押してパキッていたが、あれをやってみたかったな。式終わりでアタシと伸也は、実家に祭壇を作る。カミさんと選挙に行って、都知事選に投票する。アタシはそのまま新宿に出て、脚本家の向井康介さんと監督の森義隆さんとション横で飲む。邦画の労働問題やハラスメントのことを結構真剣に話した。で、酒が入ってきて都知事選の話をしていたら、8時の投票終了と共に「小池氏当確」と報道が出て、驚く。マジかよ。しかも2番目に票を集めたのが石丸氏と出て、椅子からずっこけそうになった。おいおい、信じられねぇや。アタシャ、この石丸氏って方が好きじゃねえ。報道陣との会話や、市長時代の答弁を見ていて正直「あ、ヤベエ奴だわ」ってアンテナがピン立ちしたのだ。都民、大丈夫か? 小池氏の3選なんて、舐められまくってるじゃねえか。向井さんと森さんに意見を聞いたら、冷静に選挙を分析していてさすがだなと感心した。9時過ぎまで飲んで、帰宅。
某日、足立正生組『逃走!』の撮影で、深谷へ。移動読書は是枝裕和著『映画の生まれた場所で』。久しぶりの足立組だし、アタシャ初の深谷ロケ。気合いを入れて乗り込むも、スタッフさんがおらず、駅前の「渋沢栄一像」のベンチで昼寝。渋沢さんは新紙幣の肖像に採用されたらしく、町をあげて渋沢祭りだった。新紙幣ってもう流通しているはずなのに、まだお目にかかってねえなあ。本日も36度の猛暑。足立さんも撮影の山崎裕さんも84、5歳だ。この猛暑で倒れられたら撮影が止まってしまうので、飲み物の差し入れをする。現場に行くと、吉岡睦雄さんや杉田雷麟くん、足立智充さんがいてヤーヤーして、キャスティングの新井康太さんと内緒話したり、フィルムコミッションの強瀬さんとギャハハと笑ったり、メイクの清水美穂さんと積もる話をしたり、演出部の鎌田義孝さん・山嵜晋平さんと胸倉を掴み会ったり、バタバタする。足立さんと山崎さんは年も年だし心配していたのだが、現場で一番元気に動き回っていた。二人は大学時代からの関係らしく、楽しそうに現場をうろつき、あーでもねえこーでもねえと試行錯誤している。さすがだなあ。これに負けちゃならねえなあ。主演の古舘寛治さんと挨拶もそこそこに、昨日の都知事選の話をする。日が暮れてナイターシーンの撮影で呼ばれる。今回は自前衣装だったので、羽織にタンクトップ・白ブリーフに雪駄という出で立ちで準備。演出部の山嵜さんが「マツーラさん、一応1月の設定なんですが」と心配して、監督に確認してもらう。足立さんは一目見て「結構です」と言ってくれ、「この出で立ちで勝ちました」とも言ってくれた。さすが足立さんだ。分かってくれている。更に「コメディにならないようにしてください」と釘をさすところも憎い。現場では足立さんと山崎さんが、撮影方法を巡って喧嘩をしている。この喧嘩も見ていて面白いのだ。なんと例えりゃいいのか? ま、ガキみたいな喧嘩をジジイが真剣にやっている。アタシは笑ってしまった。で、ようやく本番。アタシも必死で芝居して、相手の古舘さんが苦笑していた。「マツーラは楽しそうに芝居するなあ」なんてイヤミなのか本心なのかわからんコメントをしてくれる。ま、実際楽しんでやってるんだけどね。ほんの4カットくらいで出番終了。ああ、もっと足立組で暴れたかったな。古舘さんとももっと芝居したかった。残念だけど、また今度!