某月某日、J組『某』撮影で、始発で新宿郵便局。今日より勝浦で泊まりのロケ。午前中、2シーンやって中空き(出番がなくお休み)。相変わらずJ監督は撮影が早い。だってマジでテストを見て「オッケー!次!」って言うんだもんな。周りのスタッフさんが「監督、まだテストです!」って叫んでるもん。もう、早撮りが染み付いてるんだな。皆様がバタバタしている中、出番のないアタシは控え室の集会所で昼寝。杉田かおるさんがいらっしゃったので、ご挨拶して杉田さんのコアな昭和芸能話をお聞きする。やっぱすげえな芸能界。幕内話なのでもちろん詳細は書けないが、話を聞くぶんにはムチャクチャで笑える。や、笑えない話ばかりなのでだからこそ笑えるというか。うー、文章ってムズカチイね。夜、ようやくお呼ばれする。死体役での出番なり。雨で濡れて冷え切った山道に寝っ転がらされていると、身体の芯から冷え切る。身体中に血糊もつけるので、さらに寒い。勝手に手足が震えてガクブルなり。ゼニをもらってやっている仕事なので、そんな姿はみっともねえ!っつってピシーっとやってみたかったのだが、残念ながら気合いで震えが止まるでもなく、生まれたての子鹿みたいにプルプルしていたのです。しかしスタッフの皆さんが、アタシごときを懸命にケアしてくれるのでありがたかった。段々と衣装に路上の雨が染みてきて、なかなかしんどかったが、同じJ組でも『セイレーン』の頃とは大違いだ。今回は撮影現場に簡易ストーブがあるもんなあ。あの頃はホッカイロすらない現場だったもん。アクション絡みだったので3時間くらいかかったが、無事に終わる。ホテルで熱ーい湯に浸かって、ひと心地つく。朝4時からサッカーワールドカップの日本対スペイン戦を観るか悩む。観戦することに決め、目覚ましをセットして寝る。
某日、J組『某』を勝浦で撮影。4時に起きてサッカーワールドカップ・日本対スペイン戦を観る。前半戦でスペインが1点先制し、ボール支配率も圧倒的にスペイン。こりゃあ敵わねえやってんで正直、諦めて二度寝。6時に起きて、ニュースで日本の逆転勝利を知る。ああ、ドイツ戦の後悔再び。我慢して観ればよかったなあ。しっかしすげえなサッカー男子日本代表。ジャイアントキリングしまくりだな。しっかり準備をして、適度な自信を持って試合に臨んでいるんだろうな。俳優も同じだぜ!朝、1シーン撮影して、ナイターまで空く。田舎での撮影なので、中空きにフラフラすることも叶わず、控え室の公民館で杉田かおるさんのバラエティ収録時の武勇伝を拝聴。アイガー北壁から、パラグライダーで飛んだという信じられない話をされていた。数々の登山家が亡くなったアイガーから飛ぶなんて信じられない。すげえ。コンプライアンスの「コ」の字もない時代だから、話のリミッターが外れていて狂っている。夕方、灯油ストーブを囲んで、若葉竜也くんと田口トモロヲさんとおしゃべり。自分の芝居が田中邦衛さんに似ていたという話から、今回好きな映画や俳優の芝居を、J組の芝居に持ち込んでみようと盛り上がる。ナイター撮影のシーンで、『県警対組織暴力』の川谷拓三さんばりにやられる芝居をしたら、トモロヲさんが気付いてメチャクチャ楽しそうに「ナイスファイト!」と労ってくれた。次のシーンも、Jさんと悪ノリして、全裸で血糊を浴びて挑む。12月の冷え切った寒空の中、いい歳したおっさん達が、裸でキャッキャしながら盛り上がっているのを、二十代の若手スタッフはどう思っていたのだろうか?若人よ、コレが邦画界の実情でござる!呆れねえでアンタらが次の時代を作るんだぜ。急遽の前貼りも、Jさんとチーフのシオさんがやってくれる重役待遇。極寒のビニールハウス前で全裸になるアタシに気を使って、若葉くんがジャンパーで目隠ししてくれる。「なんでマツーラのチンポ抑えて前貼りしてんだよお」と楽しそうなJさん。変わらねえなあ。もちろん1発本番だったから、皆さん大変だっただろうが、芝居をみてスタッフさんも喜んでくれてよかった。自分で言い出したのだが、クソ寒い中血糊を浴びたので全身が震えてきつかった。まあ、監督が喜んでくれたら万事オッケーなり。お疲れチャーン!満足して帰ろうとしたら、演出部のシオさんが一言。「マツーラさん、映っていたのは上半身だけだったので全裸になる必要なかったです!」なんだ脱ぎ損じゃねえか!
某日、引き続き勝浦でJ組『某』撮影。宿泊している昭和なホテルは、部屋の乾燥がひどい。朝起きると喉がカラッカラで唇が割れている。ここは砂漠地帯か!ってくらい見事な乾燥だ。濡れタオルを干したり、浴槽にお湯を張っているが効き目無し。5時半に起きて、サッカーワールドカップのブラジル対カメルーン戦を少しだけ観る。アディショナルタイムでカメルーンが1点入れて勝利。ゲームは始終ブラジルが支配していたが、カメルーンが一瞬の隙をついた。後世の人はこの試合をたんにカメルーンがブラジルに勝った試合という結果しか認識しない。なんか悔しい。結果より過程がなんだけどなあ。芝居もおんなじです!6時半に現場入りすると、全裸だった昨夜より段違いに寒い。気温3度。今日は朝から田んぼで泥だらけの格闘シーンを撮影して、その衣装のまま、以後2シーンを撮る。こんなに寒くなるとは。制作の子が「昨日田んぼに水を張って泥を深くしましたよ!」「マジかよ、たんぼ凍ってないよな?」「さっき見たら凍ってはないですが、湯気出てましたー」なんだそりゃ。たんぼから湯気が出るなんて聞いた事ねえや。待ち時間も寒いのでベンチコートを着込みたいが、寒さに慣れておかないとその後の撮影がツライのでそのままの姿で待つ。現場でアクション部さんの指導の元、殺陣を稽古するが、相手役の方がアクション経験がなかった。ムムム、こりゃあ出たとこ勝負か?心配事は多々あれど、まあやるしかねえ。長回しで本番1発勝負。田んぼに二人で落ちてから、アクションが始まるのだが、出だしから立ち位置が逆になる。いや、参った!練習してきたことが、最初から変わってしまった。相手役の方は経験がないので対処法なんか思いつかないだろう。アタシが先導してなんとかするしかねえな。でも想像以上のぬかるみで、アタシも稽古した段取りがこなせない。仕方ないのでナリでなんとかやる。ここは経験がモノを言うのだ。最後に鉄砲を突きつけるのだが、泥の中に埋まってしまい、肝心の鉄砲が見つからない。必死で探して突き付けたら、稲の根っこだった。慌てて普段の250倍くらいの集中力で探し、拾い直して芝居をまとめる。ある意味、ドキュメンタリーだ。オッケーが出てほっとするが、頭の先からつま先まで泥だらけで、泥多坊みたい。寒くて震えが止まらない。そのまま2シーンやるが、自然に鼻水とヨダレが垂れる。トモロヲさんが健闘を讃えてくれて、震えの心配してくれたがなんとかやりきった。顔についた泥が乾いてポロポロ落ちる。『極道大恐怖劇場 牛頭』の火野正平さんみたいだ。撮影終了後、シャワーを浴びてやっと震えが止まった。昼飯を挟んで、午後2時過ぎ、若葉君が「4時半には日が暮れるから、さすがにJさんでも2時間でデイシーン3つは無理ですよね?」と心配していたが、さすがJさん、4時にはデイを3シーン撮り終わって日暮れ待ち。とんでもねえ早撮りだな。ナイターシーンを1つやって新宿まで送ってもらう。久しぶりの我が家だが、カミさんと倅の顔も見ずに寝てしまう。
某日、宮藤官九郎組『季節のない街』撮影で土浦へ。昨日は勝浦、今日は土浦。全国津々浦々、撮影現場に呼ばれてノコノコ出て行く日雇い稼業なり。朝、寒くてTシャツの上にセーターを着る。土浦駅で、『ガンニバル』でお世話になった半田さんにピックアップしてもらい、小1時間かけてロケセットの廃校へ。校庭にプレハブハウスを建て込み仮設住宅の集落ができていて、そこが撮影場所だった。細かい美術で、立派なセットで驚く。各家、電気・ガス・水道まで引いたらしい。今回はメイクは寺沢ルミさん、衣装は伊賀さんと立花さん、制作はガンニバルで一緒だった半田さんチーム、演出部は張元香織さん、撮影は近藤龍人さん、録音もタカアキさんだし、古くからの仲間ばかり。共演も、池松壮亮くん、仲野太賀くん、渡辺大知くん、川面千昌さん、上田遥さん、岸健太郎さん、橋野純平くんがいる。監督の宮藤さんは初めてだが、とてもシャイで謙虚で丁寧な方なのであまり緊張しなかった。大人計画の社長さんからも丁寧にご挨拶されて驚く。現場でみんなと話す。長々と話すのではなく、お互いに聞きたいことを聞いて、現場に呼ばれたりして途中で会話が終わる感じがなんか好き。現場で俳優が長話をするのは嫌い。でも自分はおしゃべりだからついボソボソやってしまう。喫煙所で伊賀さんと、亡くなった崔洋一さんの話をした。崔さんは新作映画を準備していたのだが、撮影に間に合わなかった。プロデューサーのMさんから「マツーラも何日か協力してくれよ」なんて言われて初の崔組にビビりつつ楽しみにしていたのだが、本当に残念だ。本日のアタシの出番は2カットで、ヌケでわちゃわちゃする。宮藤さんから脚本にはないセリフをつけてもらって嬉しかった。帰りも土浦駅まで送ってもらい、橋野くんと帰る。来年のS組『J』の3稿が来る。この映画を楽しみにしていたが、比較的早めに死んでしまう。ああ、もっと長くやりたいなあ。ト書きに「やせ細った」とあったので、来年の夏までに減量しなきゃだ。K組のシナリオとスケジュールも来た。元旦からの撮影は家族的にきついから4日からに調整をお願いする。さあ、K組は実現するのであろうか?
某日、J組『某』の撮影で、早朝から電車で勝浦へ。今は偶然、撮影が続いているが、撮影が続くということは内装業ができず、日銭が稼げていないので結果電車賃にも事欠く。今日も勝浦までの電車賃が足りず焦ったが、手提げ袋の中に封筒に入ったまんまの清算金1500円が見つかって助かる。なんの清算金だかわからんがタバコも買えた。いやー、ヒヤヒヤしたわ。40歳を過ぎても1000円の金を必死に探す生活に陥るなんて、想像すらしていなかった。映画俳優だけで生活していくなんて、土台無理な話なんだなあ。夢がねえぜ邦画界!早く内装仕事をして日銭を稼がないとマジで干上がっちゃう。年越しできずに一家心中なんてシャレにならねえわ。まあ、そんな生き方を選んでしまったアタシ自身に原因があるんだけどな。ま、仕方ねえや!なるようになるし、なるようにしかならん!勝浦の撮影は宴会シーン。ボランティアで多くの地元エキストラさんが集まってくれる。年配の方が多く、珍しいくらいノリがいい。勝浦おそるべし。タバコを吸いながら出番を待っていたら、前歯の抜けたイイ顔のおじいちゃんに「アンタどっから来たの?」と聞かれる。「あ、所沢です」「所沢?どこだ?」「西武ライオンズの本拠地で埼玉です」「おお、埼玉か。随分遠くから来たんだね。あんた役者さん?」「うー、一応そうなんですかねえ」「なんだ役者さんか。でも見たことねえなあ、ま、腐らず頑張んなよ」なんて励まされる。ひとりでセリフをブツブツやっていたら、さっきのおじいちゃんが塩飴をくれた。「腹が減ってたらあそこにお菓子がある」なんて小声でお茶場の場所まで教えてくれた。アタシはどこに行っても施しを受けてるな。さあ撮影だが、ノリのいいエキストラさんを演出部が見事にまとめてバタバタと撮っていく。実際、本番だろうがテストだろうが関係なく、エキストラの皆さんは飲み食いしてお喋りし、すごくイイ雰囲気だったな。夜、雨が本降りになる。チーフのシオさんの運転で、トモロヲさんと西荻まで送っていただく。移動の車中、トモロヲさんのスーツケースの中から、目覚まし時計が突然鳴り出す。「いやー、泊まりの撮影の時は、必ず目覚まし時計を持参するんだよね。起きれなかったら困るから」トモロヲさんがマイ目覚まし時計を持っていることが意外だった。パンクな芝居をされる方だから、勝手に私生活もパンクなんだろうと思い込んでいた。そりゃあ、役と本人は違うよな。それに、そこまで撮影のことを考えている方だから、60歳を過ぎても第一線で活躍しているのだろうなあ。カッコいいなトモロヲさん。
某日、無職渡世。久しぶりに家で過ごす。朝早く出て、夜遅く帰る生活が続くとなかなかカミさんや倅と話す時間がない。カミさんもひとりで家事・育児をこなさないといけなくなる。負担をかけているから申し訳ない。朝から溜まっていた作業をやっていく。内装業の請求書を仕上げて郵送。Aさんに手紙を書いて、今月の3冊(阿佐田哲也の麻雀小説を2冊と、『馬廻仁義』)を差し入れする。今月会いに行きたかったのだが、面会枠の都合で断念。来月以降で行くしかねえな。そして奥野俊作組の短編映画のシナリオが届いた。植田紗々さんと二人芝居でもちろん結構な量のセリフがある。いや、なかなかだな。全セリフとト書きをレコーダーに録音して、流れを頭に入れる。幸い奥野さんのセリフは入りやすい。これって書き手の生理と自分の生理が会うからなのかなあ。赤堀雅秋さんや向井康介さんの書くセリフも入りやすいんだよな。ボソボソセリフをやっていると、カミさんから「今月末にちゃんと入金できるんだろうな?」と痛い事を聞かれてしまう。先月も「待った」をしているので、今月は2ヶ月分の支払いがあるのだが、井上さんに今月の入金額を聞いたところ、金が足りない。ゴニョゴニョ言っているとカミさんが切れて「てめえ、いい加減映画やめろ!ヤマザキパンで働け!」と怒鳴られる。25日間フルでヤマパンで働いた収入額を提示され、「あ、俳優の収入より確かに稼げるな」と感心してしまう。でも、まだやりたいよお。やっと芝居ができる役がついてきたんだからさあ。楽しくなってきたとこなんだよお。という思いは1ミリも見せずに、神妙な顔でお小言を拝聴する。日常生活でも芝居してんな。日々芝居の鍛錬なり。夜、新宿で東映の高橋さんと飯。西口の居酒屋で飲みながら、来年撮影する『J』の進展具合や新たな企画の話をする。片山さんにも相談している「岡田更生館事件」の資料を渡す。こうやって常に面白い企画にチャレンジしている若いプロデューサーに会うと嬉しくなっちゃうなあ。色々ある映画界だが、映画の灯を潰しちゃならねえのよ。
某日、J組『某』の撮影で、早朝に新宿郵便局前集合。羽生の神社でロケ。この辺はカミさんの実家の近くだ。同じ埼玉県内でも、所沢とは吹いている風の温度が違う。さすが北関東名物「からっ風」だな。しかし風が名物になっちゃうなんて寂しいねえ。や、実際カミさんの実家の周りには田んぼしかない。ポツリポツリと離れたところに住宅がいくつかあるくらいで、本当になんもないのだ。昔、カミさんの実家の屋根に設置されたトゲトゲのテレビアンテナに、シロサギが5・6羽集まってとまっていたことがあった。アタシはそんなに集まっているサギを始めて見たから驚いて、カミさんに報告したのだが、カミさんは驚きもせずに「ほかにとまる所がないんでしょ」ってはしゃぐアタシに呆れていた。ああ、そうか!確かに、テレビアンテナ以外でサギがとまれそうな場所やモノがない!サギが羽を休める場所に困るくらいなんにもない土地なのだ!本日のJ組の撮影は、昼に1シーンやってアタシの出番はオールアップ。J組は今まで何本もやってきたが、初めてオールアップの花束をいただく。なんだか感慨深かったなあ。あやプロの超低予算1日撮り作品を一緒にやっていた監督から花をもらうなんてなあ。帰りの段取りもあったので、夜の祭りのシーンを見学してから帰る。今回もいいスタッフさんと共演者に恵まれて、楽しい現場だった。離れがたい組だったが、またどこかの現場で会うでしょう。ありがとうございました!さあ、次だ!夜、マネージャーの井上さんと長電話。ポッドキャストの話と日記の掲載の話。どちらも井上さんが、少しでも俳優と内装以外の収入の可能性を探ってくれている。ありがてえなあ。K組、延期の連絡。やはり体制が整わなかったのか。仕方ねえやな。