某日、撮影の中日だったので、ゆっくり休んでセリフ練習をやりたかったのだが、もちろんそんな贅沢も言ってられず、早朝から内装仕事で芝大門へ。稼がないとヤバイのですわー。なんでこんなに必死に働いてるのに、常に金がないのかしら?こりゃあもう個人的な問題ではなく、国家的な搾取のシステムが出来上がってしまっているからじゃなかろうか?「働けど働けど楽にならざり我が暮らし」って、100年以上前に石川啄木が歌にしているけど、近代国家成立の明治以降、ジャパンは労働者階級の搾取を続けておるのです!バカヤロー!革命だ!革命!現体制をブッ壊して、既得権益者を排除せよ!映画労働者の生活に光を!威勢はいいけど、何の力も持たないアタクシは、足元の石ッコロを蹴っ飛ばすくらいしか出来ないのでございます。本日も朝から12ミリの石膏ボードや、ベニヤ材、軽量鉄骨材をひたすら中世エジプトの奴隷の様に荷揚げする。こんなに荷揚げ材が多いなんて、聞いてなかったぞ!先程までは、既得権益者や体制に向かっていた怒りが、現場監督に向いてしまう。目先の微々たる問題で、怒りの矛先を変えてしまうとは、アタシもダメだな!昼は讃岐うどんの「こんぴらさん」で、冷やし肉うどん青唐辛子。これが美味かった!そしてきちんと辛かった。大合格。これは辛い肉体労働で失われた塩分を補充し、午後からの労働意欲を奮い立たせてくれた素晴らしい食事でした。おうどんのおかげで、残りの材料も無事に荷揚げして作業終了!お疲れさんでしたー。4時からパソコンで太田組の打ち合わせ。今やアタシもグーグルミーツを使いこなし、オンライン打ち合わせが出来てしまうのだ。すげえ世の中になったもんだぜ。夜、美味しかったおうどんの昼飯代が、先日、江尻くんから前借りした交通費の預かり金だった事に気付く。そういや、なんで財布に現金が入っていたのか不思議だったのよ。今は全く金がないので、理由を説明してカミさんから借りようとしたが、貸してくれない。仕方ないので6歳の倅から1000円借りた。カミさんから激しく軽蔑されたが、それなら貸してくれりゃあいいのにな。最近、倅はアタシのことを「ソラくん」と呼び間違える。つまり、倅にとってのアタシの存在は、父親としての意識は1ミリもなくて、保育園の友人と変わらん存在ってこと也。6歳児の倅からも、金を借りるなんてアタシも立派な人間になったもんだ!

 某日、始発で新宿郵便局前集合。某組撮影で水戸。某の友人が現場に復活して、テスト後や本番後になんだかよくわからんモニター前だけのシンキングタイムが多発。午前中から予定をブリブリ押す。正直な話、どこかでアタシは某の映画に「出てやっている」という意識があった。それは学生時代から一緒に自主映画を何本もやってきた後輩だったからだ。後輩の映画に先輩が出てやっているという意識。某にもそれが伝わってしまっていたのかもしれない。しかし、某の才能を買っていたし、作る映画は面白いと評価していた。でも今日、その関係も終わったと確信した。きっかけは衣装の件だった。衣小香盤に書かれた服が用意されてなかったので、演出部の江尻くんと相談して、某が用意したありものの衣装を着て現場に行くと、某が「なんでふざけんだよ!」とブチ切れて、アタシの衣装のジャンパーや帽子を剥ぎ取った。「真面目にやってくれよ!」と言い始めたので、自分も頭にきて、怒鳴ってしまう。ぶん殴って帰ろうかと頭をよぎったが、現場で奮闘してくれている撮影の北川さんや主演の柳くんのことを考えて、それは抑えた。そもそもテメエが衣装を忘れたのが原因だし、テメエが用意した衣装の中から選んでるじゃねえか!その場でプロデューサーの筒井さんが止めに入る。怒りが全く収まらぬまま予定の2シーンを穏やかじゃない状態でやって、終わる。撮影終了後、某と話そうとしたが、逃げたので呆れて帰る。筒井さんには悪いけど「残りの撮影はちゃんとやるけど、予定されている続編も宣伝も一切やりません」と伝えておく。俳優部って監督のために懸命にやるもんだけど、監督への信用がなくなったらあとは敗戦処理だもんな。某はしばらく監督をやってなかったし、そのブランクの間に、変な意識が出ちゃったのかもしれない。他部署へのリスペクトをなくした監督が、映画を撮れなくなる姿を散々見てきたから、そうなっては欲しくないが、多分難しいだろうな。映画は各部署全員で作るもので、それぞれの職人がお互いを尊敬しあってこそいい作品が生まれると思う。少なくともそう信じてやってきた。まあ、もうダメだ。夜、川瀬さんに電話して話を聞いてもらう。「サヨナラ」だけが、人生か!

 某日、内装仕事で勝どきへ。鉄梁の塗装と床塗装。守屋文雄さん、嶺豪一くんと一緒。今日、先月分の給料が振り込まれる日だったので、本当に待ち遠しかった。昼にATMで現金を出そうとするが、まだ入金がなかった。焦って周平さんに電話。「午後には振込あるよ」と言われて安心する。今月は井上さんに借りた3万も、お返しせねばならん。明日は面会で、新幹線代もいる。午後、入金があるがあっという間に残高がなくなる。月末の入金はないし、今月および来月末まで、どうやって過ごせばいいのだろうか。怖くなる。夕方、下北に寄って「古書びびび」でAさんに差し入れる本を探す。春日太一著『東映京都撮影所 あかんやつら』、ユヴァル・ハラリ著『サピエンス全史 上下』、中原昌也著『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』(これは自分に)を購入。吉祥寺のバサラブックスにも寄る。阿佐田哲也の著作を探していたら、まさかの小学館文庫・阿佐田哲也コレクションが1から6まであったので迷わず購入。やった!Aさん、阿佐田哲也のギャンブルものが読みたいって言ってたからな!阿佐田哲也著『天和をつくれ』、『ばいにんぶるーす』、『ヤバ市ヤバ町雀鬼伝 300分一本勝負』、『ヤバ市ヤバ町雀鬼伝 ゴールドラッシュ』、『先天性極楽伝』、『雀師流転』を購入。帰ってカミさんに「明日は面会行ってくらあ」とお伝えしたら、「てめえは金もねえのに何回行ってんだ!働けよ!」とハエたたきでパチパチ引っ叩かれる。パチパチじゃねえ、バッチンバッチンだ。全く、友情や義理ってもんが理解できねえんだな。


 某日、朝、壊れた電子レンジを抱えて秋水園へ。粗大ゴミに出す。20キロで回収料700円。そのまま品川へ出て、新幹線の喫煙所で赤堀さん、水澤さんと待ち合わせて、Aさんの所へ向かう。新幹線では自由席におっさんが3人並んで座って、主にプロ野球のおしゃべり。赤堀さんが巨人ファンなのでセ・パ入り乱れたニッチなプロ野球談義を濃密に。「清見そば」でラーメンとカレーを食おうか、たまご丼にするかなんて楽しみにしていたのだが、臨時休業。仕方ないので「ファミリー食堂さいとう」という老舗の町中華店に入る。親父さんが名物っぽくて、入店直後からギャグを連発でかまされて、オオ!と思う。自分はラーメンとチャーハン。ラーメンは濃口醤油の煮干出汁。麺はデロデロ系。チャーハンは珍しくごま油だった。自分は美味しく食ったのだが、店を出て赤堀さんと「あのチャーハンはダメだろ。ごま油の味しかしねえじゃねえか」「やー、ごま油使ってて贅沢で美味かったっすよ」「マツーラは何でも美味いって言うから信用できねえ」なんて話す。Aさんに本を入れる。『天和をつくれ』、『ばいにんぶるーす』、『東映京都撮影所 あかんやつら』の3冊。Aさんは相変わらず元気そうだった。あっという間に終わってしまう。赤堀さんのエスコートでタクシーに乗って、健康ランドへ。赤堀さんが「サウナでも入ってこう」と言うのだが、アタシはサウナが好きではないし、あまり乗り気じゃなかった。とりあえず、ぬる目の湯に浸かって、1回だけ付き合うか、と赤堀さんと共にサウナに入る。湿度が程よく、すぐに汗が出る。8分で上がって、水風呂に入ろうとしたら、痺れるくらい冷たい。膝まで入って「さっぶ!」と上がろうとしたら、赤堀さんが「40秒でいいから我慢してつかれ」というので、痺れながら我慢してつかる。心臓がバクバクして全身が寒さでキュっとなる。その後、リクライニング椅子に座って「マツーラ、空を眺めてみ」と言われ、空を眺めていると、メチャクチャ気持ちが良くなってくる。毛穴が徐々に開いていくし、血流の関係か頭がぼーっとするのだ。こりゃあ、確かに気持ちイイ!赤堀さんに誘われ、もう1回サウナに入って、水風呂。空を眺めていると水澤さんから「マツーラ、いい顔してんな!キマッテルみたいだぞ」と笑われる。今までサウナの入り方や楽しみ方がわかっていなかったのだが、赤堀さんに教わって開眼してしまった。水澤さんも一緒にサウナに入る。合計5セットやってしまった。めちゃ気持ちよかった。しかも程よく疲れている。これが「整う」ってやつか。空を眺めている時間の幸せたるや。赤堀さんも満足そうに「マツーラも良さをわかってしまったな」と言う。新幹線では3人並びの自由席で、自分だけ爆睡してしまう。おそるべしサウナ。帰京後、「福島屋」で飲む。山下リオさんも来ていて、楽しい。「福島屋」では楽しみにしていたコロッケが売り切れだったが、メンチカツとカニクリームコロッケを大盛りご飯で食う。美味え!山下さんが帰って、3人で楽しく話す。赤堀さんが「芝居の本を書くのは辛いよ。でもゴリラがウンコ投げつけるみたいに、相手にどう思われても投げ続けなきゃいけないんだ」と言っていたのが印象的だった。赤堀さんがウンコが出なくなって屁だけを投げてるようになっても、赤堀さんの芝居だけは見続けようと思う。ベロベロの水澤さんと帰るが、終電がヤバイ。水澤さんが「俺は大丈夫だから間に合うなら渋谷経由で帰れ」と言ってくれる。全然大丈夫では無い水澤さんと別れて、渋谷経由で帰る。コロナで終電が繰り上がったままなので、終電ギリギリで危なかったが、何とか間に合った。道中、水澤さんに電話するが、出ず。寝ちゃってないか心配。


 某日、朝、水澤紳吾さんからメールで「無事帰れました」とあって安心する。午前中、倅とOTの授業。相変わらず花岡先生が可愛い。倅はだいぶ筋力がついて来たらしく、驚かれていた。体幹も備わってきているそうだ。カミさんが時間があると遊びを兼ねた体幹運動をさせているおかげだな。授業では始終かったるそうにしていて、花岡先生と目を合わせない。これは照れているのだろうか?帰りに「花岡先生のこと、好きなんでしょ?」「や、そんな事ない。普通」「普通に好き?」「普通の中の好きか嫌いかだったら好きかな」結局、好きで照れているみたいだった。昼飯を食って、倅と一緒に昼寝をしてしまう。寝たのがバレて、またカミさんにドヤされる。「テメエはたまの休みだと思ったら、昼寝なんかしやがって!ウチのことなんもしねえじゃねーか!」ハエたたきで引っ叩かれる。最近、手で引っ叩くと自分が痛いらしく、カミさんはハエたたきかチャンバラ剣で俺を引っ叩くのだ。「体だけは丈夫なんだな!ドカタが!」と褒められる。江尻くんから方言が届く。明日から撮影なのに方言素材が遅いんだよー。夜、中原昌也著『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』読み終わる。


 某日、某組の撮影で赤塚へ。朝はだいぶ冷え込んできたが、日中気温が上がるので、メダカが冬眠しない。11月でもチョロチョロしてると、冬越しができないかもしれない。赤塚で村上ロックさんと落ち合い、宿の「亀屋」へ移動。この亀屋がなかなかな宿だ。爺さん婆さんでやっていて、かなり広いのだが、バブル時代のまま時が止まってしまった様な内装。クロスも剥がれてカビが繁殖していて、全体的に床が軋む。なんだか、コーエン兄弟の映画に出て来そうな雰囲気の建物。なにしろ、かつお節とファブリーズと濡れた犬の匂いに包まれた、激しく複雑な臭気の宿なのだ。この匂いはどんな文豪といえども言語化しにくいだろう。建物が広いから、節電のためかほとんどの照明が消えていて暗く、隙間風が入り込み寒い。素晴らしいな。ここでホラー映画を撮ったら、飾りこみもいらないし、そのまま撮影できる。撮影は出番まで時間があり、暇なので村上ロックさんと怪談話を洒落込む。ロックさんの話芸は見事なものだ。出会った頃は、お互い俳優部だったが、ロックさんは今や怪談師として有名になった。今、ロックさんが1番面白い芸人さんだと太鼓判を押す「裏街ぴんく」さんの話を聞く。天候でスケジュールが変動するために、予定より早く呼ばれたが、結局夕方まで出番なし。亀屋の部屋で寝る。怪談を聞いたので、怖くて風の音にいちいちびびってしまう。夕方、スタジオヴォイス入り。現場では某監督との確執を引きずらず、いつも通り居る事を心がけた。撮影も相変わらずのペースだが、腐らずに(頑張っているスタッフの為に)集中してやる。柳くんや撮影部のみんなも眠さで半目になりながら懸命にやっていて、心打たれる。某はやはり才能はある。現場での演出勘も戻ってきた。とあるシーンでは自分の芝居で、北川さんと撮影部のチーフ、録音の池田さんが我慢出来ずに本番中に吹き出した。監督の演出からはみ出した所に、某の持つ独特な豊かさがあるはずだ。午前1時に撮影終わる。本日は複雑な臭気に悩まされる亀屋に宿泊。


某日、某組撮影で水戸。9時に起きてシャワーを浴びるが、さすが亀屋。ジジイのションベンくらいの水圧で、チョロチョロしかお湯が出ない。シャワーを浴びながら、寒くなってしまい震えた。11時半にメイクなので、水戸の街をぶらつくが、やはり独特な店が多い。地場がそうさせるのだろうか。シルバーインの向かいにある喫茶店「プロカフェ」でコーヒー。喫煙席と禁煙席が規則性なく混在する。入り口の席は店主が帳簿を広げていて、一見休業中かと思うような佇まいだ。店内にいた地元の老人の話が「あそこの土地が幾らで売れた」とか「道路拡張の為に土地を売る話が来たが、値段を釣り上げるためにごねている」とか、生々しくて実にいい。11時半、メイクのために宿に戻って、現場へ向かう。シナリオにはないシーンを撮ろうとして、出演俳優と某のディスカッションが長い。そしてスケジュールを変更しまくって、今から何を撮るのか?次は何をやるのか?ということが伝わってこない。誰も次にどこをやるのか分からない不思議な現場。いつもならイライラしていただろうが、もう、アタシは仏の心になっているので、何が起きても大丈夫。言われた事に全力を尽くすだけなり。予定していたシーンも、いつの間にか欠番になり、明日の撮影もなくなり、オールアップした。オツカレチャン!アクションシーンでコンクリートに肘を打ち、ポッコリ腫れている。アクション部を呼んでくれとは言いません。せめて、サポーターくらい用意がある現場がいいと思うのは、贅沢なんだろうか?


 某日、夜中に帰ったので10時過ぎまで寝てしまう。カミさんが仕事をしていたので顔を出すと、金の話を詰められる。先月が収入がなかったので、今月分は必ず払えと言う話。結局撮影が重なると内装仕事ができず、収入が途絶える。撮影のギャラは終了後の2ヶ月後払いが基本なので、予定が立たないのだ。カミさんの言い分は最もだし、自分も隙間さえあれば内装仕事を入れているのだが、それでも成り立たない。「あんた、なんで今日も働かないの?」「もともと撮影予定日だったから内装入れてないのよ」「だったら日雇い仕事でもやって金入れてよ!もう、俳優やめるか、離婚するかどっちかにして!」といつもの如く、ハエたたきで引っ叩かれながら怒られる。マネージャーの井上さんからの連絡で、来年のS組のオファーが来た。早速カミさんに報告するが「テメエの誤魔化しにはうんざりだ。また金がねえ映画だろ!」企画書に書かれた予算を説明するが、「そんなこと言ってまたちょろっと出て雀の涙だろ!」とハエ叩きをぶん回す。おっかねえので大人しく逃げる。猫を抱いてふて寝。